セロフィナさんは昨日現地時間の5:30にご主人やお子様に見守られ、意識の回復しないままお亡くなりになりました。 ネパールではお通夜の習慣はないようで、その日の朝10:00には近くの川原で荼毘に付され遺灰は川(セティコーラ)に流されました。 ヒンズー教では墓を作る習慣はありません。セティコーラというのはジョティー幼児園の保護者などが砂運びで働く川です。
トラックバックURL: http://www.pokhara.jp/mt4/mt-tb.cgi/524
私も、カトマンズからバンコク、 バンコクから関空、 関空から羽田へと戻ったところで この訃報を知りました。
福岡にいる長男のフランシスの帰国を待っての 帰天だったように思えます。
ほんとに働き者のセロフィナさんでした。
倒れる前日、私はジョティのスタッフのお昼に ごちそうを差し入れし、みんなと一緒に食べました。 その時にスタッフ達はスッカに赤いサリーを着せてくれ、 みんなで記念写真を撮りました。
セロフィナさんも自分のカメラに スッカのサリー姿をおさめ、かわるがわる 一緒にポーズを取って みんなではしゃぎました。
スタッフみんなを代表して セロフィナさんがスッカにプレゼントをくれました。 金属製の小さな壺でした。 「おうちで、飾ってくださいね」とセロフィナさん。
翌日(倒れた日)セロフィナさんは 「昨日はスッカさんのサリーの写真、 デレイ、デレイ、ラムロでしたねーー みんなで楽しかったですねー」と言ってくれていたのです。
日本からいらしたサマンタのメンバーの 皆様への説明や案内のときもお元気でした。
いまだに信じられない思いです。
合掌。
私も、カトマンズからバンコク、
バンコクから関空、
関空から羽田へと戻ったところで
この訃報を知りました。
福岡にいる長男のフランシスの帰国を待っての
帰天だったように思えます。
ほんとに働き者のセロフィナさんでした。
倒れる前日、私はジョティのスタッフのお昼に
ごちそうを差し入れし、みんなと一緒に食べました。
その時にスタッフ達はスッカに赤いサリーを着せてくれ、
みんなで記念写真を撮りました。
セロフィナさんも自分のカメラに
スッカのサリー姿をおさめ、かわるがわる
一緒にポーズを取って
みんなではしゃぎました。
スタッフみんなを代表して
セロフィナさんがスッカにプレゼントをくれました。
金属製の小さな壺でした。
「おうちで、飾ってくださいね」とセロフィナさん。
翌日(倒れた日)セロフィナさんは
「昨日はスッカさんのサリーの写真、
デレイ、デレイ、ラムロでしたねーー
みんなで楽しかったですねー」と言ってくれていたのです。
日本からいらしたサマンタのメンバーの
皆様への説明や案内のときもお元気でした。
いまだに信じられない思いです。
合掌。