2010年6月アーカイブ

DSCN4635.JPG 日本は間もなく梅雨明けで太陽の季節がやって来ます。ネパールの雨期も日本の入梅とほぼ同じ頃始りました。しかし雨期は9月か10月の乾期の始まりまで続きます。ネパールの雨期は日本の梅雨のように不快ではありません。俄にに空が暗くなり激しいスコールがやって来ます。子ども達は大喜びで裸で飛び出して行水をしたり、バケツなどに飲料水を蓄える家もあります。乾期の半年間に乾き切った植物たちは生き返ります。しかし、あちこちで土砂崩れや洪水などの被害も起こります。このスコールは3〜4時間続く事もあり,夕立のように雨宿りしている間に止む事もあります。殆ど毎日来ますが夜寝ている時に来て日中の行動に差し支えのない事もあります。                            (写真はネパールの路上で遊ぶ子ども達冬の姿です)

DSCN0100.JPG サツキも終わりアジサイの季節になりました。
 アジサイにはたくさんの改良品種が作られていろいろな名前で流行します。
 数年前に流行ったカシワバアジサイ。近所の駐在さんの家からもらったものが一週間ほど前から咲き続けています。

charch.jpg 去年このブログのカテゴリー「人生論」に載せたものですが、木村神父様の追悼の一助に学院OB情報にも載せることにしました。
『海面すれすれに「カミカゼ」が突っ込んで来る。
死を覚悟して目を閉じた瞬間、日本軍機は頭上を越え別の輸送船に火柱が上がった。超低空の特攻機を狙う対空砲火は同士討ちを続けていた。
太平洋戦争の体験が19歳だった米海軍の看護兵に聖職者への道を選ばせた。生と死のはざまにあって、人間は無力でおろかだった。このベッカ神父はイエズス会宣教師として56年前に来日し、帰化して日本人となった。』 以上は日本海新聞(12月21日8面)の文章です。
 1962から14年間、広島学院で私と一緒に働いた。木村信行神父(84)のことが、何気なく手にした、山陰の地方紙に出ていて急に懐かしく思い出しブログに書きました。
 このベッカさんと闘う敵として海軍特攻隊の訓練中だった大木さんも戦後、聖職者の道に進み同じイエズス会に入会して大木章次郎神父となって1967年からネパールに渡るまでの10年間、広島学院の教師として私は一緒に働いたのです。
 写真は木村信行神父の最後の赴任地カトリック津和野教会です。

DSCN6735.JPG 多分「ビヨウヤナギ」だと思います。手入れの悪い私の庭には、ちょっとはびこり過ぎています。
 ツツジの季節が終わり、今はサツキの花盛りですが、このヒペリカムも毎日たくさん咲きます。それに、田舎ですから私の庭でホタルが見られます。

 皆さんには面白くないかも知れませんが、私には非常に興味がある事ですので、再びKK君からのメールの一部を紹介します。 人の白内障の原因の一つなのかも?
 《細胞は死ぬとき以外にも大事なDNAを分解しているケースがあることに私達は着目しました。赤血球は核を持ちません。しかし赤血球の前駆細胞である細胞は核をしっかり持っています。また目のレンズ細胞も核を持ちませんが前駆細胞は有核です。赤血球やレンズ細胞は、細胞が分化成熟する際に核を失うわけです。
 では失われた核の中にあったDNAはどこにいくのか?やはりそのDNAも分解されていました。特にレンズでは上で書きました死細胞のDNAを分解する酵素とはまた別のDNA分解酵素がDNAを分解している事がわかりました。そして、この酵素を働かなくしたマウスは、レンズ細胞に、本来残るはずのないDNAが蓄積して白内障を発症しました。レンズ細胞では特殊な透明なタンパク質(クリスタリン)が作られ、レンズの光透過の機能を保証していますが、ここにDNAが残ってしまうとDNAはこの場合不純物になってしまい、光透過性を妨げてしまったというわけです。こちらも、人の白内障で同様のことがおきているかはまだわかりません(今のところ、それをはっきり示す証拠はありません)。いずれも本当に人の疾患に私達の発見があてはまるのかはわからないのですが、少なくとも、DNAの分解が生理的に大事な反応であることを私達は示しました。そして、DNAは遺伝情報を担う重要な物質である一方、分解される局面で分解されなければ、生体の恒常性を乱す恐れのある危険な分子でもあるという考えを提唱しました。これは既存の概念に逆説的な考えであり少なくとも私達は面白いと感じています。》

 フランスに渡った32期生のKK君から非常に興味ある研究の話が届きました。生物学に余り興味のない人にも面白いと思いますのでその一部を紹介します。
 《私は、生物の中で、自己のDNAが積極的に分解される現象に着目し、その解析に従事しておりました。その結果私達は、DNAは自己の遺伝情報を担う極めて重要な分子である一方、分解されるべき局面で分解されないと、誤って免疫系を活性化させるなどして、疾患を起こす可能性があることを示すことができました。
 特に、DNAの分解を起きなくさせたマウスが、関節リウマチに似た疾患を発症した事より、この数年は、このマウスの解析に取り組み関節リウマチの理解へ貢献することをめざして研究を進めてきました。最近、ようやくその解析も一段落致しましたので、この機会に、新しい技術と分野に飛び込んでみたく、海外での研究活動を決意しました。
 研究室の指導教官の先生を始めとする多くの方々のおかげさまで今回ゼロからの挑戦を実現する機会を頂きフランス、マルセイユの発生生物学研究所で勤務することとなりました。ショウジョウバエの上皮組織を材料に、細胞や組織の形がいかに形作られるのかに迫れないかと夢見ています。》
 KK君のフランスでの新しい研究成果に期待しつつ、今後のKK君の研究を理解するために私も書架から岡田節人教授の本でも引っ張り出して昔の復習をしたくなりました。


 津和野では毎年5月3日に乙女峠祭が盛大に行われます。
 津和野のカトリック教会から殉教地「乙女峠」まで聖母マリア像を先頭に聖歌を歌いながら長い行列が続きます。
 木村信行神父は今年はロヨラハウスだったでしょうか。 これは、昨年の映像で神父様の肉声を聞くことができます。

木村先生100327-thumb-260x196-890.jpg  ベッカ神父は日本に帰化されて木村信行先生として7期生が入学した1962年から14年間広島学院の英語教師・訓育主任(生徒指導部長)として広島学院に在職されました。
 太平洋戦争末期に海軍衛生兵として沖縄戦に従軍(神学生は銃を持たず衛生・救護などの兵となった)
 戦後、すぐに来日され日本人となってイエズス会の学校で日本の若者のために尽くされた、物静かな優しい神父様でした。最後はカトリック津和野教会の主任神父で先月ロヨラハウスに移られたばかりでした。
 今朝2010年6月9日6時半、84歳で神の国に旅立たれました。

img01.jpg 「新ポカラの会」ではシスター川岡のジョティー幼児園の経営の他に、皆様の寄付金が最も有効に役立つ所数カ所にお届けることにします。その一つがポカラの「さくら寮」です。
 学校を建てても先生が来ないような辺鄙な田舎から毎年10人ずつの優秀な女性を選び奨学金を出して田舎の故郷に帰る教師を養成し、ここで巣立っ若い女先生の給料も三年間は援助します。そのため昔の日本のにあった女子師範学校のように全寮制の「さくら寮」がポカラのキャンパス内に造られました。 この立派な仕事を始められたのが山下泰子先生が理事長のNPO法人日本ネパール女性教育協会です。
 

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