『海面すれすれに「カミカゼ」が突っ込んで来る。死を覚悟して目を閉じた瞬間、日本軍機は頭上を越え別の輸送船に火柱が上がった。超低空の特攻機を狙う対空砲火は同士討ちを続けていた。太平洋戦争の体験が19歳だった米海軍の看護兵に聖職者への道を選ばせた。生と死のはざまにあって、人間は無力でおろかだった。このベッカ神父はイエズス会宣教師として56年前に来日。帰化して日本人となった。』 以上は日本海新聞(12月21日8面)の文章です
1962から14年間、広島学院で私と一緒に働いた。木村信行神父(84)のことが、何気なく手にした、山陰の地方紙に出ていて急に懐かしく思い出しブログに書きました。
このベッカさんと闘う敵として海軍特攻隊の訓練中だった大木さんも戦後、聖職者の道に進み同じイエズス会に入会して大木章次郎神父となって1967年からネパールに渡るまでの10年間、広島学院の教師として私は一緒に働いたのです。
写真は現在、木村信行神父がおられるカトリック津和野教会です。
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