2009年11月アーカイブ

DSCN6151.JPG日本の住宅建築では1階に地面から離れた床があり、床下(縁の下)があるのは当り前です。ところがネパールでは1階は全て地面そのものです。(農家やスラムでは土のまま、都市ではコンクリート)ですから、床下というものがありません。
玄関を入るとコンクリートの床があり、部屋に入ってもコンクリートの床にカーペットなどが敷いてあります。部屋のドアーの前で靴を脱ぐ部屋や靴のまま入る部屋など家によって違いどこで靴を脱ぐのか迷います。
 写真は大木神父とお見舞いに行った交通事故の少女(トラックが道路脇に突っ込んで来て5人をはね飛ばした)の寝室。靴のまま歩くコンクリートの床の上に薄いムシロ一枚を敷いてその上の毛布に寝ていました。もう少し柔らかい布団でもあれば・・・・と感じましたがこれが普通です。

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IMG_1749.JPG 私のブログをお読みになって「ネパールが英米流資本主義に毒され、貧富の格差が益々拡大するように思えて仕方ありません。」とメールを下さった方があります。
 私も何年も前から全く同じ事を心配していました。
 「日本は偉大な国だ。日本人は偉い。戦争の廃墟の中から奇跡の復興を成し遂げ、世界第二の経済大国になり、国民が仕合せになった。何とか努力して私たちも日本の様になりたい。」と日本語学校に通う青年が話していました。
 都市のお金持ちを対象にテレビ・電気冷蔵庫・洗濯機・掃除機などの家電製品が、ぼつぼつショーウインドーに並び始める頃でした。
 インド製・韓国製・中国製などと並んで日本製は飛び抜けて立派で高嶺の花でした。町を走る自動車は殆ど日本の中古車、トラックやバスはインドのTATAが多かった。富裕な階級の人やインテリは「早く日本の様になりたい。何とか日本に行きたい。」と夢を抱いたのです。ところが、水道も電気も来ていない家に住む人や田舎の貧しい人たちは、そんなことは思わない。貧しいから互いに分け合い助け合う心優しく生活は不便でも、多くを望まないので不満もない。生活は不便でも不幸とは思わない。
 経済大国日本は生活に便利だが利己主義と拝金主義にまみれ幸福感に乏しく自殺大国でもある。

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DSCN6320.JPG カトマンズからバクタプールに行く道路には中国の援助でトロリーバスが走っていましたが、車体も老朽化し、停電の多いネパールでは却って交通渋滞の原因になるからでしょうか 、数年前から使われなくなっていました。それに代って日本の援助で片側3車線、中央分離帯や歩道の付いた日本並みのハイウエー工事が急速に進められています。
  日本が作っている、というJICAの大きな看板が立てられていました。ネパールの人は見た事も無いこの巨大なハイウエーはネパールの名所となり、バクタプールに行く人が増える事でしょう。
 三菱とかコマツなどの大型ダンプやブルドーザーやパワーショベル等の重機が活躍していました。

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DSCN0345.JPGDSCN6144.JPG都市のスックンバシ(スラム街)と比べて農家は比較的清潔です。しかし内部の構造は同じで、部屋に床が無く土間になっています。
 この土間にムシロを敷いてそこに座って炊事や食事をします。
 その部屋の片隅に簡単なカマドがあります。
 カマドに煙突が無いので、室内に煙が充満し、呼吸器や眼を痛める人があります。赤ん坊などは特に可愛そうです。
 そのような村に煙突を普及させようと頑張っているNPOの人に会ったことがあります。
 部屋が仕切られていて、寝室が別な場合もあるようですが、その同じ部屋に寝る場合も多いようです。
 風呂は勿論トイレもありません。トイレを普及させようと努力する人もあるようです。

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DSCN4114.JPG.jpeg12月2日には広島学院で生徒達に講演されるため、来広されるのを機に、その前日(1日)午後2時から広島市幟町カトリック教会(世界平和祈念聖堂)で大木神父の講演会を計画しました。どなたでも歓迎しますので、どうぞ、お出かけください。ポカラの会の会員の方々は既にご存知の様に、大木神父は32年間の長きにわたり、ネパールで障害児の訓練・教育・福祉・医療などに尽くし、今年4月に帰国されました。障害児の施設はネパールのイエズス会が、幼児教育や就学援助などはシスター川岡が、貧しい人々の医療は現地のNPOシッダルタクラブが大木神父の愛の精神を引継いでいます。

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DSCN6337.JPGDSCN6340.JPG 或るネパールの友人に「お金持ちが増えたのですね。」と云うと、「そうです確かに増えました。でも、それ以上に貧しい人も増えています。」と云う。華やかな都市の立派な建物の陰に人間の住む家とは思えないほどみすぼらしい小屋が建ち並ぶ風呂は勿論のことトイレも水道もない。床のない土間に敷いたむしろの上がそのままダイニングキチンである。小屋の片隅にカマドがあるが煙突もない。スラム街をネパールではスックンバシと呼んでいる。貧しい田舎の農家と較べてスックンバシは過密で不潔で悪臭に満ちもっと惨めである。

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DSCN6353.JPGここ数年カトマンズやポカラには建築ブームが続いている。日本の経験したバブルの時代と同様に土地の値上がりが激しく、少し土地を売れば立派な家が建つらしい。お伽の国の絵本から抜け出したようなパステルカラーも美しい瀟酒な3〜4階建ての個人住宅やエレベーター付きのマンション、美しいガラス張りの商社や大病院などの建築物が次々と建てられて行く。表通りだけ見る観光客の眼にはアジアの最貧国だなどとは到底思えない。
 ところが・・・・この続きは明日。

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DSCN6180.JPG 大木神父は使っていたトヨタ・タウンエースをクリニックに寄贈された。それが救急車に改装されて「お別れ会」会場の入り口に飾られていた。
 ポカラの人々の開いた盛大な「お別れの会」の内容は全く「大木神父の業績を讃えて別れを惜しむ会」で、その盛大な様子が翌日の二つの新聞に写真入りで大きく取り扱われていた。
 大木神父は単に障害児の訓練や教育を行なうだけではなく地元ポカラの人たちに大きな影響を与えていた事が分る。障害者や貧しい人たち、或は人種やカースト等に関係なく人間が大切にされる社会の在り方を街の人たちに示し続けたのだ。
 インドは南に接する大国であり少しネパール人を馬鹿にしている傾向があるようでネパールの人たちは一般にインド人を余り好きではない。それに対し私たち日本人には非常に好意的に接する。現地の人から深く尊敬される大木神父やシスターなどの生き様が益々親日的感情を強める事につながったと感じられる。

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CIMG5118.JPGDSCN6181.JPG盛大な大木神父とのお別れ会の会場のすぐ南にシッダルタ病院を建設中でその現場を見に行きました。ポカラにはインド資本の巨大なマニパル病院や国立のガンダキ病院をはじめ沢山の医療機関が集中しています。しかしそれらの病院に行けない貧しい人たちが大木神父を頼って治療を受けにきていました。大木神父のこの医療活動を引継ぐ形でシッダルタクラブが始めたクリニックが新しく病院を作るのです。医療のためにとの意向で定期的にご寄付くださる日本のドクターの協力もあり立派な病院が建つ事になりました。最終的には5階建ての計画ですが2階まで完成したら左の想像図のように仮の屋根をつけて開業の予定です。

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DSCN6173.JPG  日曜日のミサの後バガレトールの町の公民館のようなところで、大木神父とのお別れ会が開かれました。今年4月に大木神父がポカラを去る時に町の人たちに帰国の挨拶がなかったので一時帰国であろうと思っていた人々は、大木神父の送別会をしなかったのがとても気になっていたようです。
 会場には100余りの椅子が準備されていましたが足りなくて立っている人もありました。入り口で大木神父と私には100人近い人々からかけられるカタ(首にかける薄い布)花のレイで顔が見えなくなる程でした。その上に渡される花束が持ちきれず何度もの上の置きました。壇上に上がり町の名士?が次々と大木神父の業績をたたえ、惜別の情を表す演説に立ちました。(ネパール人の演説は長くて大変です)ネパール人の長い演説が終って、私の番になり短くしようと思いましたが、30年にも亘り熱い支持や親交を頂いた現地の人々へのお礼なども言いたくて私の話しも長くなりました。最後の大木神父のご挨拶はネパール語で私には意味不明でしたが長くならず。万雷の拍手がわき起こりました。その後、全員の会食が準備されて飲食が始りましたが、私たちは早めに退場して、シッダルタ病院の建築現場に行きました。これについては次に報告します。

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P1050398.JPG今日19日、大木神父とのネパールの旅を終って帰って来ました。今回の一番大切な仕事は12日の司教様との話し合いでした。首尾よくこの会談を終える事ができました。
13日には朝7時にゴダヴァリを出て、カトマンズ→ムグリン→ナラヤンガートを(ここから東に行けばチトワン自然動物公園ですが)西に向いました。交通事故で寝ている大木神父の親しかった子どものお見舞いが目的でした。ひどい事故でしたが意識も回復し、まだ若いので今後リハビリによって全治する希望が持てそうでした。
その後ジャングルの中の村や学校を訪ね→ブトワールからタンセンの東側をとおり、正味12時間の悪路の楽しいドライブで、夜8時頃ポカラに着きました。14日の日曜日のミサの後の事はまた明日に続けます。
             写真はポカラから眺めたヒマラヤの朝焼け

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DSCN5893.JPG大切な用事ができて、今日10日の11時に家を出てネパールに行きます。
 19日の午後に帰宅する予定です。
 帰宅したら詳しくご報告いたしますが、暫くブログをお休みにします。
 上の地図の上海経由のコースは廃止されましたので、タイのバンコク経由で往復します。

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DSCN0757_1.jpgジョティ−幼児園の土地の登記の問題などでどうしてもカトマンズに行く用事ができました。
ついでに、現地の視察、特にシッダルタ病院の工事の進捗状況や今後の支援計画なども打ち合わせて来たいと思います。
大木神父様もご自身の残務整理などもあり二人で10日の関空発タイ航空の深夜便でバンコクまで3時間半のフライトですが、乗り継ぎに5時間半バンコクの空港で待たされ10:35にバンコクを発ち12:50にカトマンズに着きます。
 12日にカトマンズで大切な用件をすませて、13日には車でチトワンを経由してポカラに向かいます。チトワンは病気の人のお見舞いが目的です。カトマンズ、チトワンの間は約6時間、その後ポカラまで更に6時間ですから12時間は車で走ることになります。
バンダなどの妨げがないことを願っていますが?

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DSCN4181.jpgネパールの教育を大きく左右するのはSLCという国家試験です。これは高校卒業資格認定試験と云った性格のもので日本のセンター試験に似ていますがこのSLCに合格しなければ10年間学校に通った事が証明されません。それだけでなくこの試験の成績がその後の人生を左右するほど重要です。このSLCの弊害は色々あり幼児教育にまで悪影響が及んでいます。
 SLCの合格者数で学校が評価されるため、SLC合格率の高い私立学校は高い授業料をとっても沢山の生徒が集ります。国立学校は授業料が要りませんが、設備も教育も貧弱で、SLCの合格率が非常に低い。そのため貧富の差がそのまま教育の格差になり、国の指導者・政治家・法律家・ジャーナリスト・学者・医者・企業家などは皆、私立学校の出身者ばかりです。SLCの試験科目にない科目は勉強しません。SLCのために勉強しますから、小学校入学前から英語の勉強もします。幼稚園でも全く知育偏重教育でABCを教え小学校に入学するまでにどのくらい英語が出来るかで、評価されます。
 そのようなネパールにあって、ジョティ−幼児園で行なわれる幼児教育がどれほど異色の珍しい教育であるかご想像ください。
ジョティ−幼児園の発足当初からシスター川岡は採用した現地のスタッフの教育に非常に力をいれておられました。日本の優れた幼稚園での色々な場面の幼児指導の様子を写した沢山のビデオ使って毎日研修を続けられました。
 スタッフの皆さんはジョティ−幼児園に来てから初めて勉強らしい勉強をした人も多かったようです。進んだ日本の幼児教育を熱心に学ぶことで次第に誇りと自信を強めて行きました。
 スタッフの宗教はヒンズー教や仏教など様々ですが、シスター川岡の敬虔なカトリックの信仰に基づく愛の心に見習い宗派に関係なく祈りを大切にしつつ研修を積んでいきました。(つづく)

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IMG_2038.JPG10月末で「新ポカラの会」の会員数は169人になりました。
 大分の明野幼稚園では毎週金曜日のお弁当を梅干しだけにして、各家庭で節約した弁当のおかず代を貯めてジョティ−幼児園の子ども達のために送って下さいました。

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p1010694.jpgネパール共産党毛沢東主義派(毛派)は連立政権の解体などを訴えネパール全土の各地で反政府デモを始め市役所など政府機関の周辺を中心に混乱が続いている。西部のある市では市役所を占拠し,市長などを解任し毛派の市長や副市長に交代させたとの噂もある。また10日にはカトマンズ空港占拠の計画をしていて,大変な混乱が予想される。政府は警察や軍隊を使って治安の維持を謀ろうとしているが?今回の行動には市民の支持が余りないようで、盛り上がりに欠けるようです。(写真は数年前のものです)
 

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DSCN6033.JPG 昨日は紅葉の秋を一時中断して冬がやって来ました。
 故郷の大山(ダイセン)に初雪が降りましたのでお届けします。
 しかし、今日からは天候が回復して再び秋が戻って来るようです。
 明日は青空になるかも?
写真をクリックして拡大して下さい。

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SDCM017.jpg
 ご存知の通りジョティー幼児園は、子どもを預かってあげなければ母親が働きに出られなくて夕食の米が買えないとか、子守りのために学校に行けない子どもに就学の機会を与えるなど、貧しい家庭の自立支援が一つの目的でスタートしました。
 その意味では日本の「託児所」「保育園」とも云うべき福祉事業です。しかしシスター川岡は預かった子どもの教育に非常に大きな力を注いでおられます。現地で採用した18名のスタッフに教育にたずさわる者にとって最も必要な人間愛を、カトリックの信仰に基づく愛の心を育てること共にモンテッソーリ教育法の理論と実技を厳しく指導する研修に最初から大変な力を注いでおられます。
 このため日本の幼稚園以上の成果が上がっていて、単なる福祉事業ではなく立派な教育事業でもあります。日本でも幼保一元化が問題になっていますが、厚生労働省と文部科学省と管轄が違うので直ぐには変わらないようです。ですから私はジョティー・ケンドラのことを「幼児園」と呼んでいます。
 私たちの「新ポカラの会」の目的の第一は、このシスター川岡のポカラでの福祉・教育などのお働きを支援する事です。そこでシスター川岡のお仕事の理解をより深めるために10月9日に「ジョティ−幼児園の近況」、28日に「ジョティ−の人件費」、31日に「シスター川岡の奨学金制度」などに付いて書きました。
 今後,ネパールの教育事情などにも触れながら「ジョティ−幼児園の教育」と題して数回にわたって書きたいと思います。
 教育に関心のある方は私のHPの公式ブログのカテゴリの上から3番目のジョティケンドラをクリックなさってから、ご覧になって下さい。
 

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DSCN6013.JPG 今日は肌寒い時雨模様になりましたが、昨日までの数日間は私の地方では紅葉が見頃でした。例年は11月3日を中心に紅葉の大山(ダイセン)・蒜山(ヒルゼン)が賑わいます。
 今年は紅葉が少し早かったようで、私は10月28日に行きましたが,少し遅かったくらいでした。

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