3年前ブログでインドの四住期について書いた事がある。人の一生を学生期・家住期・林住期・遊行期の四つの時期に分けて生きる古いインドの人生哲学。それを参考にして私の四住期を下のように考えた。
インドの四住期に従えば私の学生期は1932年に生まれてから成長し独立するまで即ち大学を卒業して就職し結婚して家庭を作るまで1955年の23年間。それから定年退職するまでの約40年間。インドでは家業を継ぐという意味もあり家住期と云ったが、私の場合は教師としての社会生活と子どもが独立するまで仕事をする期間。そして退職後の現在を私はボランティア期と名付けた。これが現在まで14年ほど続いたが、後何年続けられるのか?まだ10年ぐらいは続いて欲しいがこれは神様が決められる事。
このボランティア期の次に来るのは他人のお世話になるだけの死の準備期で何か良い名前を付けたいと思っている。この期間は出来れば短い事を願っているがこれこそ自分で決める事ではない。勿論、四つの時期がはっきりと完全に区分できるものではなく、その間がぼやけているのは当然である。例えば、教師になってからの方が学生時代よりも良く勉強したし、ネパールへのボランティア活動を始めたのは定年退職の10年前だった。
最近、読んだ著書の中で荒井満氏は人生を(1)自分探しの時代。(2)自己実現の時代。(3)社会貢献の時代と三つに分け夫々約30年としている。前述の私の分類に良く似ているので私は3年前ブログに書いた四住期を思い出した。
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とても興味深く読ませて頂きました。定年になろうとする前後の歳には殆どの人が迷い、今後を考えて悩んだりします。私も友人達もそうなので、例えば難しく四住期を考えたりしても
実際に林住期に過ごせる適当な場所もなく、もっと易しく考えたらよいという事を教えて頂いたようなきがします。最低の衣食住に困らない自由な年齢になれば 大きな範囲で、身近な所から、住んできた社会に対し、なんらかの貢献して、現世と別れるまで、続けられればいいのではないかと先生のブログを読んで少しほっとしてます。しかしながら心身健康でないとできないことで、そのバランスを上手にとりたいものです。
私のブログを見て下さっただけで嬉しいのに、コメントまで頂き本当に嬉しく、感謝しています。有り難うございます。私がインドの四住期を初めて知ったのは、どの本からだったのか書架を探していましたが見つからず、2冊目に読んだ本がありました。
それは『林住期を生きる』山折哲雄 2000年10月 太郎次郎社発行、〜仕事や家を離れて第三のライフステージへ〜の副題が付いています。
この中に登場する5人の人物の一人に私が現地で知り合ったポカラのホテルフェアープリンスの初代支配人の成松幹典さんの生き様が書かれていて興味を持ちました。3冊目は去年発行の『林住期』五木寛之著 幻冬舎文庫でした。そしてこの度、このブログを書く気になったのは今年9月発行の新井満著の自由訳『老子』という一晩で読める簡単な朝日文庫でした。有り難うございました。
先生に「林住期を生きる」を前に紹介していただいて、その後 五木寛之さんの「林住期」も読みました。この言葉を知ったのは最初の本からです。早速「老子」も取り寄せることにしました。有難うございました。
あの「林住期を生きる」に出て来る成松さんに私はホテルで初めて会ったとき、何とも表現が出来ませんが、その素晴らしお人柄に感動し「今後はいつもこのホテルを常宿にしよう。」と決めました。
ところが何回目に行った時だったでしょうか?成松さんはインドの別なホテルに行ってしまわれてもう会えなくなりもした。私はガッカリしていましたが、しかし成松さんに代わられた大森さんが、これまた本当に立派な素敵な人でとても嬉しくなりズーットあのホテルフエァプリンスを常宿にしてきました。成松さんといい大森さんと言い、この世の中で本当に魅力的な人柄との人物との出会いがあり人生は本当に楽しいと思います。
しばらく文通していたのですが何時からか途絶えてしまったインドの成松さんが現在もお元気でご活躍なさっている事を祈っています。
Sr川岡やフェワプリンスの常連の皆様のお噂から聞く所によりますと、成松さんは今デリーで日本雑貨店とか食堂をされてご家族とご一緒で、お元気らしいです。私は直接はお目にかかったことはありませんが、とても評判の良いお方ですね。あの本のお話からもそのような感じが致します。ネパールの以前からのホテル従業員たち皆さんにも、又戻ってきて欲しいと言われたり、とても慕われていらしたようです。一度お目にかかれたら本当に嬉しいですが。いろんな日本人がインド・ネパールで住み、頑張っていらっしゃるとうのは頼もしく、そして日本人としてのロマンも感じます。
私は、自分の過ぎ越し年月を振り返り、いくつもの区切りや、けじめを感じる歳になりました。大雑把に四住期では計れない小心ものの自分です。
そして、これから先はこれまでになく短いと人生と思いますが、終焉へに準備などよりも まだまだ何か出来るのではないかと日々、未練にも苦悩してる自分です。
リタイヤーして早4年、体や心の不自由な人々の生活支援、身体介護支援に従事し、改めて教えられ、感じさせられ、そしてこの歳になって、人の個々の生の目的を知らされるなかで。
いつかはいや、もう直ぐかも知れませんが 心や体が不自由になっていく自分になっても、そんな人々へ何か支援が出来る自分になれないかと考えるこのごろです。
人は人に依って学び、人に依って喜びを感じられるのだと 思うようになりました。
体や心の不自由な人々への支援と偉そうに言いましたが、むしろ彼らからは、人権無視の仕打ちや罵声を浴びる日々です。
そんな中でも、人と繋がる喜びがあるのだと気つかされるです。
ネパールでの、大木神父さま、川岡シスターさまの ご活動にも感心し教えられました。
まだ、まだ、先輩たちに学んでいきたいと思っています。