6年生の「国際理解教育」の一助にと頼まれて.私の住む田舎の小さな小学校に行きました。地球規模の貧困や飢餓などネパールを例にして話しました。小学生に授業したことのない私には珍しい体験でしたが生徒たちの真面目な態度に感心しました。次の日、担任の先生は6年生全員の感想文を届けて下さいました。去年まで世界の飢餓人口が8億人だと話していましたが、調べてみると11億人を越えたとか、国際的な経済格差も広がって行くばかりです。
2009年7月アーカイブ
予定通り神戸のカトリック六甲教会で11時からのミサに続き、大木神父の講演会がありました。戦争末期に海軍予備学生として特攻隊に志願して命拾いした後、イエズス会の神父となり栄光学園や広島学院でどのような教育をしようとし、何故ネパールに行く事になったか?大木神父の人生の選択を中心に真面目な内容を楽しくお話しになり多くの皆さんに感動を与え大成功だったと思います。12時半ごろから懇親会に移りました。ミサの行なわれた聖堂に隣接する広い集会室は結婚式の披露宴会場のような感じに約100人分の席がセットされていて、教会の信徒会の人たちが準備して下さったカレーライスの昼食を頂きながら楽しいひと時を過ごしました。神戸や大阪の人だけでなく京都や和歌山、さらに遠く九州や東京から来られたポカラの会の会員もありました。色々なグループ毎に沢山の写真を撮りましたので、そのうちに披露します。秋にでも京都や広島などでも計画しようと思っていますので決りましたらお知らせします。
ポカラのジョティー幼児園の水道は雨期だというのに水が出ないので、シスター川岡は貰い水を運ぶのに大変でしたが、ようやく地下タンクが完成しました。チョボチョボしか出ない水を地下タンクに貯めてポンプで屋上のタンクに上げれば、水道が使えるという構造です。しかし一晩かけても僅かしか溜らないので結局、水を売りに来る業者から水を買う事になるのだそうです。タンクに一杯買うと1,000ルピーもする.一ヵ月に2回買うので2,000ルピーもかかると言っておられました。その売りに来る水も川から汲んで来た水で清潔ではないそうです。
(現在1,000ルピーは1,800円です)
今日、私が読み終わった本がとても面白く?感じましたので是非、皆さんにも読んで頂きたく思います。
広瀬隆『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書)ソ連共産主義崩壊から20年、今度はアメリカ資本主義が瓦解!一握りの人間たちが世界の富を貪る!そんなシステムを容認してきた結果世界経済は破綻した・・・と帯に書かれています。世界の飢餓人口は10億人を越えて増え続けています。地球上の人口の6人に一人は飢えに苦しんでいる状態ですが、この苦しみの原因が、貪欲なマネー資本主義のせいだと知って皆さんはどう感じられるでしょうか。
昨日(7月20日)のことです。数日前にネパールから帰った人と話し合っていました。たまたま、話がバンディプールのことになりました。ノートルダム校の教育は非常に評判がよく遠くからも入学志願者が沢山来るようです。ヒマラヤも遠望できる高台の小さな古い町ですが、最近観光客も増えて石畳の道路もきれいになり、ホテルやしゃれた喫茶店なども出来ているそうで昔栄えたレトロの街の雰囲気が壊されるのは残念ですが、町が発展し始めたのはノートルダム校のお陰だと町の人は感謝しているそうです。ノートルダムの日本人シスターに連れられてレストランに入ったら、店の人は「代金は頂きません」と受け取らなかったそうです。ノートルダムシスターが尊敬されていると驚いて話しておられました。
阪急六甲駅改札口を出て左側(山側)にエスカレーターで降りて直ぐ大きな道を横切り坂道を6分歩くと着くそうです。途中2分ほど歩いたところ(右側)にプロテスタント教会がありますので、お間違えのないようにして下さい。
日程は11:00〜12:00がミサでその後続いて講演12:15〜13:15ですが、講演後に引き続き別室で食事しながら懇親会を開きます。六甲教会の婦人会の人々が、私たちポカラの会の会員全員のためにカレーライス70人分くらい準備して下さるそうです。ポカラの会の皆様とその場でもお話しできれば嬉しいです。
生活物資特に野菜など生鮮食料品の値上がりは著しく貧しい人の生活を直撃しているようです。それに対して政府は物価抑制策などには全く無関心なようです。公務員の給与は毎年値上げしている。ちなみに各省の次官級の給与や大学の教授の給与月額は日本円にして3万円余りで、シスター川岡のジョティー幼児園の職員の給与は約8,000円です。
それでも月給の貰える人は恵まれています。仕事にありつけない日雇い労働者や1日1ドル以下で生活している人々の生活は大変苦しいでしょう。この国でも貧富の差は益々広がって行きます。
この大見出しで新聞に出たのは新車販売台数がアメリカを抜いたという記事です。この記事を見て私は,レスターブラウンの『プラン2,0』 を思い出しました。中国が8%の経済成長を続けると仮定すると、2031年に一人当たりの所得がアメリカ並になり,中国の車保有台数は11億台(現在世界中で8億台)になり,1日当たり9,900万バレルの石油が必要になる(現在世界中の石油精算料は8,400バレル)
皆さんは,何をお感じになりますか?
新聞を読んでいて感じました。
日本は子供や家族に関する社会支出(児童手当や児童福祉サービスなどの合計)が,他の先進国に較べて圧倒的に少ない。
GDPに占める家族関連支出の割合がスエーデン3,17%、イギリス3,20%,フランス3,02%、ドイツ2,17%、日本は0,81%
また,経済協力機構(OECD)が昨年公表した教育予算のGDP比は
デンマーク・スウェーデン・アイスランドなどは6%を越えているというのに日本は3.4%で、毎日新聞で発表されていた28カ国中最低であった。
児童手当や教育予算などこんなことで,日本の次の世代はどうなって行くのだろう。
カトマンズからポカラに行く途中デユムレという町からバスを降りて,急峻な山道を3時間ほど歩くとバンディプールに着きます。私は数年前に2回行きましたが,とてもその坂道を歩くことはできませんのでカトマンズでチャーターしたバスに頼んでポカラに行く途中に寄り道してもらったのです。いつ崖下の深い谷底に転落するかハラハラする狭いジグザクの山道です。恐らく雨期だったら絶対に車は通れなかったでしょう。しかし,今ではバス道路ができて便利になったそうです。昔から宿場町として栄えた所ですが数十年前にプリティビハイウエーができて以後は全く人通りが途絶えてゴーストタウンのようになりつつあったとか。上級学校に進む若者は街を出て行き高齢化と過疎化が進行していきました。
1986年そこに京都のノートルダム教育修道女会が素晴らしい学校を作ったのです。その学校の評判が非常に良くて,他所の町からも若者が来るようになり,急に街に活気が出て来ました。
私が行った時には短大も創る計画が進められていました。その後マオイストの強迫で一時閉校になりましたが,今では蘇って発展しつつあるようです。ノートルダムのお陰で生き返ったと街の人は大喜びです。下のハイウエーから遥か上に聳える山の上で古い街並みもレトロのムードがあり,ヒマラヤの眺めも良く「天空の街」と呼ばれて,隠れた観光地になりつつあるようです。ぜひ一泊してゆっくりと街の雰囲気を楽しみたい所です。
私は毎月第一水曜日に隣町の老健施設に講話に行くことになっています。先月は新型インフルエンザの話題で「ウイルスの話」をしました。 今月はたまたま行った近所の親しくしている医院で、国際医療福祉大学大学院教授の竹内孝仁先生の「家族で治そう認知症」と云う著書を入手したので認知症を話題に取り上げました。この小冊子に書かれている事の一つに認知症で夜になると興奮して騒ぐ,動き回る,暴力を振るうなどの困った症状の原因に水の不足があり,水を飲ませるだけでそのような症状が劇的に治る場合があると云うことが書かれていました。上記小冊子のほか更に詳しく学びたい人は竹内先生の著書『認知症のケアー認知症を治す理論と実際』をお読みください。
今日は七夕です。この日,7月7日はダライラマ14世の誕生日だそうです。チベット難民が北部ネパールのムスタンに集結しつつあるとか,の噂もあり昨年3月のラサでの暴動の再発が警戒されていたようです。
ところが今朝に新聞では、チベット族ではなく,ウイグル族がウルムチで暴動を起こし140人死亡、800人以上負傷とのニュースに驚かされました。
ウイグル族側の発表では学生100人が静かなデモを始めたのに警官が発砲し3人が死亡し警察の車が子供や女性をひいたのに怒った。住民が加勢しデモは2万人に膨れ上がった。ウイグル族側の発表では死者5〜600人,負傷者1,000人以上だと云う。
ムグリンの少し西のデュムレというところからバズを降りて息切れのする急な坂道を2時間あまり登るとバンデプールと言う古い街があります。(現在はバスが通じているとか)多分200年くらいに昔に栄えた城下町でしょうか?この古都の風景とここから眺めるヒマラヤの風景も美しく,隠れた観光地と云えるでしょう。この町には京都のノートルダム教育修道女会が学校を作っています。これに付いては後に話します。
デュムレの少し西にはネパールで唯一のロープウエーがあり,1,385mの山に大願成就の霊験あらたかとネパール人に人気のあるヒンズー教の有名な寺院ナナカマナがります。
ムグリンを過ぎた辺から先はハイウエーの右の河の流れが逆になり川上に向かうことに気が付きます。河の名前もカリガンダギ川に変わっています。と云うのはトリスリ川とポカラの方から流れて来るカリガンダギ川とがムグリンの西で合併してナラヤニ川となってインドに流れるのです。その川沿いのハイウエーを南下するとタライ平原のブトワールやバイラワやルンビニに行きます。 続く
4月20日、大木神父が帰国されてから立ち上げた『新ポカラの会』に入会の意思表示して下さった方は4月7人、5月21人、6月59人で6月末には合計87人に達しました。さて7月には何人増えるでしょうか?とても楽しみです。まだ楽観は出来ませんが,この調子でいけばジョティー幼児園の経営の継続が大丈夫ではないかと明るい希望の光が見え始めたように思います。本当に嬉しい事です。
カトマンズからポカラへのハイウエーについてのお話しを続けます。カトマンズ盆地は阿蘇の外輪山のような山に囲まれています。埃と喧噪の街を離れるとその外輪山の一部を超える峠があります。そこで車は停車して警察の検問を受けます。マオイストとの内戦の時期には検問も可成り厳しかったのですが最近は短時間ですみます。特に外国人のツーリストバスは簡単です。それから先は急斜面にジグザグの道路を下ります。このイロハ坂の風景は一見に値します。その後バスはトリスリ川に沿って走ります。水嵩の多い夏にはこの川を下るラフティングツアーのゴムボートが何艘もみられます。 カトマンス・ポカラ間のちょうど中間付近にムグリンという町があります。この近くの町アンブ・カイレニからバスを乗り換えて北に20kmほど行くとゴルカという300年ほど昔に栄えた小さな町があり王宮・寺院・要塞なども残っています。ここの王がカトマンズ盆地を平定して,ネパール王国を築いた歴史上有名な町です。 続く
カトマンズからポカラへの200kmの道路は、国道1号線のようなものでプリティビハイウエーと呼ばれる。ネパールには自動車専用道路などどこにもない。このハイウエーも自動車のほか人も牛・馬・山羊・豚・アヒルなど何でも通る。横断歩道も中央分離帯もない。道路の中央は何とか舗装されているが、路肩には舗装がない。車道と歩道の区別などない。このハイウエーも雨期になると毎年のように崖崩れで不通になる。何時通ってもこの道路で立ち往生しているトラックや衝突や転落の事故を見ないことはない。
初雪です。└ Kanrinin 12/192011:12:19:06:14:18
犬は立ったまま眠れるか?└ 倉光 誠一 12/102011:12:10:07:37:00
└ 鶴崎直邦 12/152011:12:15:09:21:54
└ HIKITA 12/152011:12:15:10:39:10
└ 倉光 誠一 12/152011:12:15:17:09:45
└ HIKITA 12/162011:12:16:20:07:42
└ 倉光 誠一 12/162011:12:16:21:01:16
└ HIKITA 12/172011:12:17:11:11:40
あるお坊さんの話└ HIKITA 11/252011:11:25:18:59:04
└ HIKITA 11/292011:11:29:16:22:16








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